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一攫千金を夢見る人が世界中から集結…「ゴールドラッシュ」で一番儲けた“意外な人物”。「金」が作った現代のビジネスモデル

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一攫千金を夢見る人が世界中から集結…「ゴールドラッシュ」で一番儲けた“意外な人物”。「金」が作った現代のビジネスモデル

19世紀半ば、アメリカ・カリフォルニア州で起きた「ゴールドラッシュ」。一攫千金を夢見て世界中から30万人もの男女、子どもが集まりましたが、実は自分で金を掘って大金持ちになった人はごくわずかでした。では、一番儲かった人はいったい誰だったのでしょうか。現代経済の礎を築いた「ゴールドラッシュ」のビジネスモデルと、現在に通ずる金の普遍的な価値を紐解きます。

「ゴールドラッシュ」で一番儲かったのは、ツルハシ商人?

世界各国で金の採掘が行われてきたなかで、特に有名なのが1848年の「カリフォルニア・ゴールドラッシュ」です。舞台となったのは、カリフォルニア州北部コロマにあるサッターズミルという小さな街。製材所で働いていた大工のジェームズ・マーシャルが、現地を流れるアメリカン川で金を発見したのが始まりでした。

金の発見が伝えられると、翌1849年には一攫千金を夢見た多くの採掘者がサッターズミルに殺到。当時の採掘者たちは移住した年数にかけて「フォーティーナイナーズ(49ers)」と呼ばれました。「フォーティーナイナーズ」にはアメリカ国内からの移住者だけでなく、ヨーロッパや中国、ラテンアメリカなどからやってきた移民も含まれていました。

さまざまな人種・立場の人々がアメリカン・ドリームを求めて遠路はるばるカリフォルニアまでやってきたのですが、採掘者から大金持ちになった人物はごくわずか。実は大儲けしたのは、採掘に必要なツルハシやスコップなどの道具を売った商人でした。ほかにも、移住してきた採掘者に衣料品や食品といった生活必需品を販売した業者や、郵便・送金サービスを提供した業者が儲けを出しています。

利益の集中する市場に直接手を出すのではなく、それを支える道具やサービスを提供することで手堅く利益を上げるビジネスモデルを「ツルハシビジネス」といいますが、これはカリフォルニア・ゴールドラッシュに由来する言葉です。現代でも投資家や起業家たちが参考にするほど優れたビジネスモデルは、金から生まれました。

「ツルハシビジネス」を象徴する成功者、リーバイス

ゴールドラッシュを機に栄えた商人としては、老舗ジーンズブランド「リーバイス」の創業者リーバイ・ストラウスが有名です。ドイツ・バッテンハイムで生まれたリーバイは、1853年に移民としてゴールドラッシュに沸くサンフランシスコへと渡りました。

雑貨商を開業したリーバイは、金鉱で働く人々の声を聞き、彼らが自身の作業着に不満を抱いていることを知ります。金鉱の採掘現場は水や泥に囲まれ、さらに長時間労働が当たり前という過酷な環境。作業着はあっという間に擦り切れ、ボロボロ。炭鉱夫たちが求めていたのは、簡単には破れない丈夫な作業着でした。

そのニーズに応えるべく、リーバイは仕立屋のヤコブ・デイビスとともに、キャンバス地(帆布)を使ったワークパンツを商品化しました。キャンバス地はテントやヨットの帆などに使われていた、丈夫な厚手の平織り布です。高密度でありながら通気性・吸湿性に優れているため、作業着の素材にうってつけでした。

その後、リーバイはさらに頑丈なパンツにすべく、素材をデニム地に変更。1873年には、ポケットの角など特に力がかかりやすい部分を金属リベット(鋲)で補強する方法が考案され、よりタフな作業着が出来上がります。生地は泥の汚れが最も目立たず、防虫・毒蛇避けの効果もあるとされていたインディゴブルーに染められました。

ゴールドラッシュが終わったあとも、ジーンズはファッションアイテムへと進化を遂げ、リーバイスに莫大な利益をもたらし続けています。リーバイは「ツルハシビジネス」最大の成功者の一人といえるでしょう。

鉄道が敷かれ、船が行き交う…金が掘り尽くされたあとに残ったもの

金は有限の天然資源です。カリフォルニア・ゴールドラッシュは1852年にピークを迎え、5年後には生産高がピーク時の半分量にまで落ち込みました。やがて金は採取され尽くし、物価の高騰などもあってカリフォルニアのゴールドラッシュは終焉を迎えます。

一方で、世界中から約30万人もの人々を集結させたゴールドラッシュの影響は残り続けました。採掘者とその家族、彼らにサービスを提供する商人や労働者などによって爆発的に人口が増加したカリフォルニアは大発展。特に多くの移民を受け入れたサンフランシスコの成長は目覚ましく、ゴールドラッシュ以前はわずか数百人程度だった人口が、1852年には約3万6,000人にまで増えています(※1)。

当初、サンフランシスコ湾は交通面で重要視されていませんでしたが、人口増加に伴い富が集中したことで交通インフラ整備が急速に進みました。蒸気船の定期運行が始まり、内陸への貨物輸送を担う大陸横断鉄道も敷設され、サンフランシスコは交通の要所へと変貌。また、市街地開発によって飲食店や宿泊施設、商店、学校、病院、教会などの設備も整備されています(※2)。

サンフランシスコを中心とした発展により、カリフォルニアは1850年にアメリカ31番目の“州”として迎え入れられました。その後も人は集まり続け、1860年には人口が36万人を突破。2026年現在、アメリカで最も人口が多い州として君臨しています。ゴールドラッシュの影響は、現代でもカリフォルニアを通じてアメリカに残り続けているのです。

装飾品→実用金属へ…時代が変わっても「富の象徴」であり続ける金

ゴールドラッシュが巻き起こったカリフォルニアには、1849年の1年間で約10万人もの人が移住してきたといわれています。それだけ一攫千金を夢見た人が多く、当時から金にはそれだけの価値があったということでしょう。

さらに歴史を遡ると、金は古代エジプトやメソポタミアなどさまざまな地域で装飾品として重宝されてきました。

現代では電子機器やAIサーバーなどの普及により、テクノロジーを支える実用金属としての価値も見出され、その重要性はますます高まっています。時代が移り変わっても、現在に至るまで金は「富の象徴」として人々から求められています。

今後も金は、人類にとって欠かせない価値ある存在であり続けるでしょう。

〈参考〉

※1  GIA 歴史を読む:カリフォルニアのゴールドラッシュ
https://www.gia.edu/JP/gia-news-research/historical-reading-california-gold-rush

※2 国土交通省「運輸事情調査(米国カリフォルニア州)」
https://www.mlit.go.jp/common/001285024.pdf

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